メキシコ民芸の百年

先月、トルーカやメテペックに行って植物園に行ったり、民芸品を見たり、どれもこれも楽しかったのですが、この旅の一番の目的はメキシコシティのベジャス・アルテス宮殿の美術館でやっていた展示を見ることでした。

「Artes de los pueblos de Mexico Disrupciones Indigenas」という、メキシコ各地の村のアート、手仕事、民芸品が展示された企画展でとても興味深かったです。

陶器、織物、玩具、儀式の道具など多岐にわたったセレクションで見応えもありました。(メキシコの民芸関係の展示は、どれもすごいエネルギーです。気候も植生も違う広い地域で、様々な言語や思想や文化や習慣が繋がったり、交わったり、異なったりしながら存在していて、その多様性に圧倒されます。)

異なる村の織物の民族衣装なんかも。

一番心に残ったタラウマラ族の楽器の微笑。

メキシコで初めて民芸(Arte Popular)をテーマにした展示がされてから今年でちょうど100年なのだそうです。

1900年代初め、自身も画家であったロベルト・モンテネグロを中心に、メキシコの村々で作られている壺やお皿などの焼き物、わら細工、織物などの手仕事に、芸術としての視点を結びつける新しい価値観の構築を目指す運動が起こります。

1922年に発刊されたメキシコ民芸の本 1号と2号も展示されてました。

モンテネグロ自身の作品では先住民の人の生活や文化がテーマになっているものも多く、とても繊細で美しい作品ばかり。また彼自身、メキシコ民芸のコレクターでもあったからこそ、これが「メキシコ民衆の芸術」だ!と国内外に声を大にして唱えたかった気持ち、わかります。

1910年から17年まで続いたメキシコ革命直後のナショナリズムの高揚といったものも、この運動が起こった背景にあるのかもしれません。フリーダ・カーロがオアハカの民族衣装を好んで着ていたり、メキシコの民芸をコレクションしていたのもこの流れの中で起こったことなのかと思うと胸が熱くなります。そして、ほぼ同じころ、日本でも柳宗悦を中心に民藝運動が興ったというのもまた興味深いことです。

なんてことを考えながら、展示をかなり満喫していたのですが、そこで一枚のお皿が目に入りました。

左上、サン・ミゲル・デ・アジェンデの焼き物のお皿。

赤茶色の土に、焦げ茶色で描かれた自由な絵、なんか見たことある感じ、と思っていたら、やっぱり!

1970年代、サン・ミゲル・デ・アジェンデで作られたお皿でした。

思い出してみれば、私がサンミゲルに住み始めた2007年くらいには、こういうお皿を作って市場なんかで売っているおじいさんを見かけていた気がする。10年くらい前には、サンミゲルのイダルゴ通りにこういうお皿ばかりを売っていたお店がオープンしたものの、数か月くらいで、いつの間にかなくなってしまっていたのを覚えている。そして今、こういうお皿がサンミゲルの町中で売られていることはまずない。おそらく、こういうお皿を作っている人も今はもういない。

ああ、気が付いた時には無くなっているものなのだな。と思いました。かつてサンミゲルの人々の暮らしの中に当たり前にあったはずのものの終わりが、こんなに静かでさりげないものだったなんて。イダルゴ通りにオープンしたお店は、お皿を作ってきた人たちの最後のふんばりようなものだったのだと10年も経ってから気が付くなんて。

もう(多分)作る人もいなくなってしまったお皿だけれど、サンミゲルのおもちゃの博物館の屋上にはこのお皿のコレクションがあって、素敵に飾られていて、見ることが出来ます。

サンミゲルのおもちゃの博物館、museo la esquina にあるコレクション

暮らしの中にある手仕事にこそ美と価値を見つけようという運動のおかげで、民芸・工芸品がコレクションされ、こうして博物館や美術館で残されているものがある一方、この100年の間にすでに生活の中からは消えてしまっているものがどれだけあるのだろう。

時代や社会や生活が変われば、必要なものも変わったり、形を変えたりしていくものだし、無くなるものあれば、新しく生まれるものもあるわけで、そこに付随する思い入れやノスタルジーも含めて、時代とともに、人とともにある・・・それこそが民芸の魅力なのかなとも思うけれど、でもやっぱり美術館の中でだけ知ることが出来る・・・っていうのは少し悲しい。日々の生活の中に取り入れてこそ、という気持ちは持っていたいなぁと思いました。

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